調査レポート
夏休みの思い出

夏休みのワクワクドキドキした思い出や、とっておきのお話を紹介します。

おじいちゃん、おばあちゃん
  • 修学旅行で「九州一周」をした。すごくワクワクした。
  • 町の映画館へ小さな子を連れて行って映画をみた。(S15頃)
  • 皆でお弁当を持って自転車で海へ行ったり、山に登った。(昭和10〜20年)
  • 戦争中(18歳の時)、予科錬に合格して蒲郡の航空隊に入った。(S18頃)
  • 小学校3年生ころ、大きな魚が釣れたとき感動した。(祖父)
  • 池の草取りをしている時、空襲警報が鳴り、しゃがんだら下半身が水の中に入ってしまった。
  • リヤカーでバスごっこをして遊んだ。「次は、まんじゅう屋前でーす♪」
  • 遠くに働きに出ていた兄が、お盆休みで帰ってきたこと。
  • 勉強がしたくても出来なかった時代(戦前)、学校へ行く時が唯一、働かなくてもよかったので、
    とてもワクワクした。(祖父/大正13年生、祖母/昭和4年生の話)
  • 小4の時、天竜川で、かかえる位の大きな鯉をとった。(長さ50p位)
  • 夜眠る時、蚊帳(かや)の中へ入るのがなぜだかうれしくてワクワクした。
  • 海へ行って高い所から飛び込んだこと。(祖母)
お父さん、お母さん
  • 小学校の頃、カラーテレビがくる前の日、ワクワクした。
  • アポロ11号が月面着陸するのを、父(おじいちゃん)と遅くまで白黒テレビで見た時。
  • 田んぼのわらで秘密基地を作って子ども同士で遊んだり、裏山で探検ごっこをした。(S40母)
  • 毎日、ラジオ体操と学校のプールがありました。(昭和50年代)
  • 兄と2人きりで電車に乗って、新潟の親戚の家に遊びに行ったこと。(小学4年)
  • 小学生の頃、おばあちゃんの実家がお寺で、お盆に帰省すると裏にお墓もあり、夜におじさんがお経をあげたりするので、そこに泊まるだけで何だかドキドキした。
  • 子供会での行動が多く、朝のラジオ体操から始まり、1年生から6年生までみんなが集まっての勉強会(夏休みの宿題など)を神社の社務所などを借りて朝の涼しい時間にやっていました。昼間は思いっきり遊んで夜は蛍とり、お楽しみ会では夜みんなで食事をして暗くなったら神社やお寺で肝だめし。楽しい思い出ばかりです。
  • 小学校の頃「ちょうちん祭り」というのがあって、子供ばかりで夜ちょうちんをもって近くの公園に集まって、そのまま肝だめしをしたり、いろいろな事をして遊んだ覚えがあります。今でもやっているなら子供を連れて行ってみようと思います。
  • 小学校3年(昭和56年)の頃、今より川も少しきれいで魚もたくさん泳いでいました。『子供だけで川に行ってはダメ』と大人に言われていたのですが、お友達3人でこっそり川へ行ったんです。バレなければ良いと思って調子よく遊んでいた時、3人が連れ添って転んでしまって髪の毛から足のつま先までビショぬれになってしまいました。親に怒られるのがこわくて家に帰れず外は真っ暗。心配になった親が探しに来て余計に怒られた思い出があります。
  • 小学生の頃、全く泳げず、夏休みは学校へ通いました。泣きながら練習し最後には足をつきながらも50m泳ぎ、みんなから拍手されてゴールしたことが今でも忘れられない思い出です。(昭和52年頃)
  • お盆の3日間はどこにも出かけませんでしたが、一緒にお寺やお墓に行きました。お供えやおかざりもいつもと違い、お客さんも来て子供心に気ぜわしくワクワクしていました。
  • 小学生の頃(昭和46年)、毎年おじいちゃんのいる長野県に遊びに行っていました。いろいろな体験が出来てとても楽しかったです。すごく感動したことは、夜になるとあちこちでホタルが飛んでいて、手で捕まえる事が出来たこと。牛の乳しぼりもしました。
  • 田舎育ちで夏休みは20日ほどでした。そのかわり、春・秋に1W〜10日間程の休みが設けてありました。なぜなら、その休みは『お手伝い休み』となっていて、春は『田植え休み』、秋は『稲刈り休み』と言っていました。手伝うというより、秋にはイナゴを取ったり田んぼで遊んでいた記憶があります。
  • 小学3年生の時、一人で父の実家で手伝いをしながら2週間泊まっていた。まわりの大人たちに「お手伝いがとってもよくできておりこうさん」とほめられてうれしかった。
  • 小学校5年生の頃のきもだめし大会。(母)
  • 田植え、稲刈りのころは学校は休みだった。(信じられない。)
  • 1年を通して家族旅行はなかった。父に連れられ会社の人と海の家へ泊まりに行った。(S40)
  • 昔は落合公園の花火も中央公園で行っていたため、実家から見えました。屋根の上に登って毎年見てました。
  • 校区内の町内で夏休みになると女の子はポートボール、男の子はソフトのトーナメントがあったのでよく練習した。
  • 昭和40〜45年頃、五右衛門風呂に子供だけではいるとき、ふたがうまく沈むかどうか心配でもあり楽しみでもあった。
  • 今から30年程前(小学生の頃)田舎のおばあちゃんの家へ泊まりに行くことを楽しみにしていました。夏、夜になると、おばあちゃんと母が蚊帳(かや)をつってくれるのが楽しみでした。エアコンや扇風機などなく、窓など開けっ放し。なんだかテントで寝れるようで、ウキウキ、ドキドキでした。蚊帳の外にはカブト虫が飛んできたこともあり、とてもはしゃいだ思い出があります。
  • 長野県の祖母の家で盆踊りの帰りにホタルをつかまえてもらって寝る時に廊下に放してもらい、ホタルがとぶのを見ながら寝たこと。(昭和40年代)
  • 小学校4年生の頃(S50年頃)星の観察の宿題があって、友達と夜暗くなってから外に出ることにワクワク、ドキドキしながら当時住んでいたアパートの屋上に上がってながめていた覚えがある。その時目のところを蚊に刺されて友達にキンカンを塗ってもらったらすごく目にしみてしばらく目が開けられなかった。その時初めて「キンカンは目の回りに塗るものじゃないんだ」と気が付いた。
  • 父親が仕事で忙しく、あまり遊べなかったので夏休みの一日だけの旅行がとても楽しみで、夜中の2時に起きて魚釣りに行った。(S51年頃)
  • 海のない長野県で育ったので夏に海水浴に行くのがとても楽しみでした。自由研究がなかなか進まず、夏休みの終りに家族総出でやりました。また長野県は夏休みが短く(8月初めからお盆までの2週間)1ヶ月以上もある夏休みがとてもうらやましく思っていました。
  • 朝のラジオ体操が夏休み始めから8月31日まであって、行くとハンコを押してもらい、休まずに行くと最後にお菓子やノート等がもらえるんです。毎日ハンコを押してもらえるのが楽しみで、朝6時には家を出てラジオ体操をする広場までお友達と行っていました。最後まで休まずに行く楽しみもあったけど、ラジオ体操が終わってからお友達と遊ぶ楽しみもありました。早く帰れば親に「宿題しなさい」とうるさく言われるので、1〜2時間ぐらい皆で遊んでから家に帰る。毎日そんなことをしてたように思います。たまに遊びに夢中になりすぎて帰ったらおこられんじゃないかとハラハラ、ドキドキしながら家に帰ってたのを覚えています。朝6時に家を出て10時ぐらいまで一回も帰らずに遊んでたらおこられますよネッ。
  • 今のように旅行とかゲームなど余りなく、夏休みにお手伝いをして、そのごほうびにどこかへ連れて行ってもらう、それがとても楽しみでお手伝いが出来た。(80年代)
  • 盆踊りや夏祭りで浴衣を着れたこと。
  • 昔は夜かやを吊って寝たのですが、寝る前にかやの中で兄弟で遊んだこと。
  • 富士五湖でモーターボートに乗ったこと。すごく速くてドキドキしました。
  • 夏休みに「お化けやしき」がやってくるので、毎年楽しみにしていた。(母)
  • お母さんは、おばあちゃんの家に一人で行った。(昭和40年代)
  • キャンプ場できれいな星空を見たとき、魚を釣って食べたとき、海できれいな魚を見たとき、オールナイトでスケートをしたとき。(小学生の頃)
  • 友達の家族と旅行に行き、夜、花火をしたり、家族対抗卓球大会やトランプ、宝探しなどお母さんたちがいろんなイベントを考えてくれていつも楽しみでした。(80年代前半)
  • 友達とコウモリをとりに行った。子ども会のキャンプで初めて一人で泊まりに行った隣で、大学生のお兄さん達がフォークギターで歌っていたのを30年たっても覚えています。
  • 高蔵寺に映画館があって、「ゴジラ」など子ども同士で見に行きました。スルメを買って観るのがうれしかった。(S40母)
  • 木曽川が増水した次の日、中の島で「たも」で魚を捕ったり、空き家へ入っておばけ屋敷ごっこをした。(S40父)
  • キャンプに連れて行ってもらい、竹でできた2〜3mもある流しそうめんの味は忘れられません。(20年前母)
  • 毎年家族で参加している夏祭り。寝床の中に入ってから兄と夏祭りごっこ遊びをして2ケ月くらい前から楽しみにしていました。(父)
  • 大阪で万博があり、暑い中並んで見ました。これが初めての大阪であり、この頃初めての遠出でした。
  • 野外の移動映画を観た帰りにコップにジュ−スを振舞ってもらえることがとてもうれしかった。(昭和40年代初め)
  • 小6の夏休みに校内キャンプをしたこと(S41年頃)。夕方、キャンプファイヤーをしていたら皆の家が見えたので、誰か1〜2人が泣きだしました。初めて親とはなれたからでしょう。次の朝のご飯はこげていましたが、おいしかったです。
  • 岐阜の田舎へ夏遊びに行って、おじさんがとってくれた鮎を川で焼いて食べたり、すいか割りをしたりしました。(30年前)
  • 小学生の頃(昭和45年〜50年)は、この辺りでもクワガタがたくさんいました。朝はとにかく一番に起きて秘密の場所へ行き、木のまわりを探し、クワガタが蜜をすっているのを見つけた時は本当に心をときめかせたものです。逆に他の誰かに先をこされた時は悔しくて涙が出そうになったものです。
  • 祖母の家(小牧市)の近くに小さな山があり、年の近かったいとこ達としょっちゅう探検して遊んでいました。防空壕があったり、道なき道を見つけては進んで、とてもワクワクしたのを覚えています。(母47〜50年頃)

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